10月 2010

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ご無沙汰してます。
元気にしてます。
最近、自転車で通勤してみたりします。
寒がりで、飽きっぽいので今だけかも知れません。
車の速さと違う景色が見えて、風もとても気持ちいいです。

好きなふうに脇道に入ったり、止まって葉っぱを見たり、
通った事のない道を通ったりすることが、
私は自由なんだなーと感じてしまうことの一つです。
私が今、ここを通ってる事なんて世界中の誰も知らんやろうなーとか思いながら、
まるでニューヨークの街を歩くみたいな気持ちで通ります。
ニューヨークを歩く時も春日市を歩くみたいな気持ちで歩いていた気がします。
これができるのは私の才能だと思います。
どこを通る時も旅みたいに新しい楽しい気分です。

会社を出て、家に帰ろうとした時に気がついたのですが、
バスに乗ることが嫌だと感じているようです。
思いもよらなかったのですが、
あー、今日はバスで帰らなくていいからよかったと
思ってることに驚きました。
バスはみんなズルして、押すな押すなで、
気分が悪いのです。

嫌な気分で家に帰らないといけない。

穏やかそうなお爺さんも人を押しのけて慌てて優先席を取ります。
優先席に座らないと、譲ってくれる若者がいないからお爺さんも必死です。

中国の方が、絶対に並ばないとよく批判されてますが、
あれは人が多すぎて、並んでたって自分の番がくる確証がないからだと
何かで読んだけど、
押しのけたり横はいりしないと列車に乗れないし、
食べられない環境がそうさせたんです。
順番がこないなら並ぶ文化は産まれないし、
習慣になるはずがない。

座れる保証がないから、お爺さんも人を押しのけてニモカタッチです。

N鉄バスには、
荷物で席を占領する人、
訳のわからない身の上話を大きな声で話す人、
お化粧を一から始めて顔を完成させる人、
あと、本当に嘘みたいでびっくりしたんですが、
一番後ろの席でいい匂いをさせながら
カップラーメンを食べてる学生もいました。

遠くから美味しい匂いがしたので、
振り向いて、思わず、「えー!!」
って言ってしまいました。
腹ペコでも、せめておにぎりとかじゃ駄目だった?

いい人もいるんでしょうが、圧倒的に悪者が目立ってます。

地下鉄サリン事件に巻き込まれた方を実際にインタビューした
村上春樹の『アンダーグラウンド』を読んだのですが、
道路に倒れて苦しんでる人を見たって知らんぷりで通り過ぎる人達は、
普通に通勤していきます。
あーたぶん本当に実際にそうだったんだろなと思います。

一人一人は優しくて思いやりがあっても集団心理で動かなくなるのかね
恐いね

龍馬伝、盛り上がってますねー
龍馬大好きなのに何故か見てないです。
あのフィルムの色が嫌なのかも。

今日は、大政奉還の日です。ドラマもこの辺り来てるのかな?
143年前の、今日。
今頃、龍馬、今頃は何考えてたかな。
龍馬達の頑張りのおかげで、
日本は自由と平等と民主国家を手にしたけど、
龍馬は今の日本をどう思うかな。

龍馬は「人は利によって動く」と常に言ってたそうで、
まさにそのように人を動かしたけど、
今でもここの部分は、強く引き継がれていて
時代変わって、より「人は利によって動く」
ことになってるように感じます。

龍馬ならきっと、N鉄バスでお年寄りの手をとって席に座らせたろう
席を譲らない若者を叱って、
お爺さんを、我先に乗る我先爺さんにはしなかったろうな

龍馬自身は自分の欲なしに、
真っ直ぐに日本の将来を願って動きまわった人だから、
もうお腹がペコペコで、もしかしたらバスの中でおにぎりは食べたかもしれない。

143年後
求めた自由と平等の先にどういう世の中がくると想像したかな?
こんなんなったよ、龍馬

自分は亀山社中で儲けた利益を国のために使ったけど、
皆がその様に国のために動いてくれるとは限らないことも
分かっていたかもしれない。
賢くて想像力あるから、
自分がそうだからといって、皆がそうなる訳ではないこともわかってて、
自由と平等を手に入れることの一長一短も全部、分かっていたかもしれないな

もしかしたら、
自分のことしか考えない自分勝手な世の中になって、
犯罪なんかも増えるがじゃ、そしたらわしが守っちゃらないかんきに。
とか思ってたかもしれん。
それで武田鉄也が困って「おーい!龍馬!」と呼んだんだ、たぶん絶対そうだ。
あれは武田鉄也氏のきんぱち発言だったのかもな。

それでも龍馬は、命をかけてそれを求めるほど、
それを願い、そして不平等の中に本当に苦しんだんだと思う。

いやだー 龍馬、この一ヶ月後に暗殺や。

いつも思うけど、人を殺さないと出来ない主張って
いったいどういう主張だろうかね。
必要かな?
自分の主張を抑えてくるから?
どんな素晴らしい信念も、宗教だって理解できないね。
龍馬の時代においての命は、
自分のものでありながら、自分のものではないような時代だから
現在の主張とは訳が違うやろうけどね

龍馬が邪魔な人は多かったにしろ、
もっと生きてアドバイスして欲しかったよ。
龍馬に直に触れる人が一人でも増えていれば、
クリーンな政治、とかいう言葉も生まれなかったかもしれない。
本当に残念やな

尖閣諸島の事件とかも、あの主張も、もう何なんやろ。

   

あれが欲しい、あの島欲しい
あれ食べたい、全部食べたいな、一人で全部。

って、欲って止めども無く広がって
世の中は、本当に大事なことを考える龍馬を何度も殺してしまうことになるって
そういう気がする。
人のために動いたり、譲ったりすることはそんなに損なのかな?
損って何かな?
得するってどんなことだろう。

人のために動くことは損なんかじゃなくて、
損得だけで動くことが、本当に損をすることだと思うな。
そしてそうなっても、
本当の、損をするという意味もわかってないんだ。

自分勝手な私だけど、それはわかるんだ。