プレハブと、それを持ち上げようとしているクレーン車です。
今からプレハブが持ち上がる、という瞬間で
面白いシーンだと思ったのですが、
釣り紐のたるみがサーカス小屋の屋根のようになってしまいました。
ぶわーんとした、その紐のたるみも描きたかったので
しょうがないのですが、
プレハブが少し持ち上がった状態のほうが
面白い構図だったようです。
出来上がったら、なんとなく寂しい構図になりました。
You are currently browsing the archive for the 西日本新聞連載 category.
いつか観覧車を描いてみたいと思っていて今回挑戦出来たのですが、描き始めてすぐに後悔しました。この線がこうなってこうなってー、あら?このバーはおかしいな、ん?というふうな具合で、最後まで辻褄合わせのような作業になってしまいました。ものすごく時間がかかってしましました。
実際に目の前にした時の目がクラクラするような感覚、圧倒的な大きさを出すには説明的過ぎる作品になってしまいました。もっと楽しんで描けたらよかったのに。次に観覧車を描くときはのびのび描きたいと思います。
短歌の選者の栗木京子さんは観覧車の歌でよく知られてある方で、栗木さんと観覧車の絵に、その歌を重ねた方も多いでしょうと、新聞社の方から教えて頂きました。好きな人と観覧車に乗ってる時間に、自分の想いと相手の想いの違いについて短い歌に盛り込んであって、切なく素敵な歌です。
「観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生」
なんと立派なランドセルなんだと驚きました。甥っ子はわんぱくで、たくさんの冒険を楽しむ性格の為、私の予想ではもう少し古めかしくなったランドセルを予想してたのに、全然くたくたとしておらず、もうすぐ役目を終えるとは思えない、しっかりとしたランドセルでした。
甥っ子と、日本のランドセルの職人さんてすごいよね、って話したことでした。
しっかり6年間お世話になったランドセル、私も背負わせてもらいましたが、あまりにも重い、ランドセルの中の道具に、肩の筋が痛みました。
こんな重い荷物を毎日毎日子どもに背負わせて、大人になっていくための筋肉をつけているのだな、それを可能にするのは、普通のカバンでは駄目で、丈夫なランドセルしかないだろう!と直感で職人愛を感じました。
肩が痛すぎて、これが痛感ってものだと知りました。
ラベンダーの畑を整備していたのですが、私が勝手に自分の好きな葉に変えてしまったせいで、なにか、畑と女性達の関係性が薄くなってしまったと思います。もう一組、女性達を入れるべきだったのかしら。
色々と構成して、その時はこれで良し、としている事が、
後になってみると、こうだったかな?こうすれば良かったなとか(自分自身で思うことに対して)以前は否定的でしたが、そんな風に湧いてきた思いを無理に打ち消す必要もなく、そういう風な感情が起こればそれを拾い上げてまた作品と問答してみようという気持ちが出てきました。
そうであるなら、そうなんだろう、ふむふむ、と、一人でぶつぶつ言ったとしてもいいんだと、進んでいくのだと、思います。
人形の顔に目を描くのは難しいです。人形師の方はすごいですね、あんなに穏やかで可愛らしく描くのは本当に難しいと思います。
線の太さ、高さ、ほんの少しの違いで怒っているように見えたり、笑っているけど目が怒っているみたいに見えたり、なんだか怖い顔になるのです。
人間の表情ももしかして、
そのように少しの力の入り具合などで相手にそんな印象を与えているのかもしれません。
節分だけど、掲載日に合わせて絵の中の日付けを二日にしたり、向かって左の旗の下の提灯に(めぐみ)をこっそり入れたり、細々と遊んでみました。楽しく描けました。
手前右の男性のソファの後ろの、小さな三角の部分は黒にしたほうがよかったと、紙面になって思いました。ここはこの男性に光が当たってポカポカしていたのが印象的だったせいか、なぜかここだけ自然光を拾ってしまいました。
利用者の方々がそれぞれの時間を楽しんでる様子を描きたくて年齢層の幅もつけてみました。いつも穏やかな、かつ刺激をたくさんもらえる、本、人、図書館へのオマージュです。